近露王子~小広王子 【熊野古道中辺路】
熊野参詣で古くから賑わった宿場町・近露から、熊野川水系に越える小広王子へ。
古くの中辺路に沿った舗装路も多いですが、王子跡や名所「一方杉」や「とがのき茶屋」「野中の清水」なども点在します。
コースのみどころ
近露王子(ちかつゆおうじ)
王子の中でも最も早い時期に現れた王子のひとつ。近くの川で水垢離を行った記録もあります。
現在は近野神社に合祀されていますが、石碑が残りこんもりとした木々に囲まれて面影を残しています。
近露は田辺と本宮のほぼ中間地点にあたる大きな山里であり、中辺路の要所・宿場でした。
比曽原王子(ひそはらおうじ)
道路をゆるやかに上ると、いったん楠山坂で古道らしい土道に入るのですが、またすぐに舗装道に出ます。
左手に比曽原王子の石碑が現れます。境内にはかつて「手枕の松」と呼ばれる名木があったと言われ、明治末期まで160坪の常緑樹の悠然とした官山だったそうですが、今ではその面影は見られません。
継桜王子(つぎざくらおうじ)と野中の一方杉
継桜王子は若一王子権現ともいわれ、野中地区の氏神にあたります。
継桜王子境内の斜面には、南向きにだけ枝を伸ばす、樹齢800年の杉の巨木が10本近くそびえています。最大のものは幹回り8mになります。
その枝の向きが那智山・熊野那智大社の方角である事から、古くから信仰の対象になってきました。「野中の一方杉」と呼ばれ、県の天然記念物に指定されています。
明治44年に伐採されかかりましたが、世界的な博物学者、南方熊楠によって守られたことも有名です。
とがのき茶屋
熊野古道の継桜王子のすぐそばに立つ、茅葺き屋根の休憩所。
周辺の新緑や紅葉も美しく、囲炉裏のある懐かしい雰囲気が楽しめます。
前の斜面を降りると、日本名水百選のひとつにも選ばれている「野中の清水」があります。
秀衡桜(ひでひらさくら)
継桜王子から100mほど進んだ道端に「秀衡桜」があります。数年前に倒れ、傍らにある脇芽が育っています。(写真は先代の秀衡桜です)
その昔、奥洲の藤原秀衡が生まれたばかりの我が子を滝尻の岩屋に残して熊野へ参る際、子の無事を祈念して、ここで桧の枝に突き刺した桜が咲いていたの伝説があり、「継桜王子」という名前がつけられました。
中川王子(なかがわおうじ)
旧道舗装路から少し山に上がったところに、「中川王子」と彫られた緑泥片岩の石碑が建っています。
比較的早く設けられた王子で、中右記に「仲野川王子に参る」とあります。後鳥羽院御幸記でも「中の河」となっており、修明門院御幸記には「中川」と出ています。
小広王子(こびろおうじ)
車道の小広峠の道端に、上部の破損した緑泥片岩の小広王子碑が建てられています。明治の道路改修以前は、もとの高い峠の上にあったものです。
和歌山県の西牟婁郡と東牟婁郡との境界に当たります。ここまでは日置川水系となりますが、ここからは本宮から新宮に向けて流れる熊野川水系となります。
近露王子~小広王子 モデルコース